2025年4月15日
ご安全に!
環境への意識が高まる中、いよいよ本格化しつつある建築物のZEB化(※1)。ZEB産業はゼネコンをはじめ建材、設備、情報システムなど幅広く、その市場規模は2030年には12兆300億円まで拡大するとの予想もあります(※2)。
当社が重点的に取り組んでいる物流施設においてもZEB認証取得のご要望が増えています。そのため当社はZEBに特化した提案技術の整備・拡充を進めており、2025年度には受注する設計業務のうちZEB建物の割合を50%以上とすることを目標としています。本記事では、担当者インタビューを通してZEB化のメリットや実現のためのステップ、当社が手がけたZEB建物の取組み事例などを詳しくご紹介します。
※1 ZEBとは「Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)」の略で、快適な室内環境を実現しながらエネルギーの生成と消費の収支をゼロにすることを目指した建物のこと。国は2030年までに新築の建築物すべてをZEB化することを目指している
※2 矢野経済研究所調べ
左から、中村 靖(建築本部 設計部 建築設備室)、望月 要佑(建築本部 設計部 建築設備室)
編集部:昨今は先進的な環境建築の選択肢の一つとして「ZEB」が注目されており、導入を検討中の企業様も増えています。まずZEB認証(※)の概要について教えてください。
中村 靖(以下中村):ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディングの略)とは、政府による地球温暖化対策計画で言及された2050年カーボンニュートラルの実現を目指す建物のことです。具体的には、年間の一次エネルギー(※)消費量の収支をゼロにすることを目指し、省エネ50%以上を達成した非住宅の建物がZEB認証を受けることができます。
ZEB認証においては、国立研究開発法人建築研究所が作成したエネルギー消費性能計算プログラムを使用しており、設計者がここにアクセスして、BEI(Building Energy Index)という指標を用いて取得に見合う建物かを確認する仕組みになっています。
※正しくは「ZEB認証制度」というものはなく、後述のBELS認証制度において、省エネ50%以上を達成した非住宅の建物が、評価書等においてエネルギー削減の達成具合に合わせてZEBマークを表示してもらうことを「ZEB認証」と呼ぶ
※一次エネルギーとは...石油や天然ガス、石炭・水力・風力・太陽光など、自然から採取するエネルギーのこと。電力やLPガス、灯油などは二次エネルギーにあたる
編集部:ZEB認証を取得するとどんなメリットがありますか。
中村:ZEB取得では、太陽光発電や省エネ設備などの取り付けが必要になるため、多額の費用負担が発生しますが、環境省や経産省、国土交通省などが提供する補助金制度や自治体の支援制度などがあります。
また、ZEB化を行うということは、自社の建物で使うエネルギーをできるだけ減らし、建物で新しくエネルギーをつくることでZEBに近づけていくということですから、建物の快適性を落とさずに不要な光熱費を抑えることができ、環境面にプラス経済的なメリットが生まれます。非常時にはBCP対策にもなり事業継続性の向上、不動産価値や企業価値の向上にもつながります。テナント型ビルや物流施設では、テナント誘致の際に有利になるといったメリットも期待できるでしょう。
編集部:ZEBの建物は4段階に定義されていますが、それぞれどのような特徴があるのでしょうか?
中村:ZEBの評価段階は、エネルギー削減の達成具合で、①『ZEB』(※)、②Nearly ZEB、③ZEB Ready、④ZEB Orientedの4つに分けられます。一般的にはこれらを総称して「ZEB」と呼んでいます。
ポイントは、上位3つのZEBでは「必ず50%の省エネを達成すること」が絶対条件になっている点です。つまり最低でも省エネで50%、そこからさらに省エネ部分を増やすこともできますが、あとは太陽光発電設備などから得られる再生可能エネルギーを何%増やせるかによって評価が変わってきます。
※『ZEB』は、BELS評価書において下図のようにエネルギー消費量を0%以下にするNet Zero Energy Building(ネットゼブ)の正式な表示名称
先にできた3つのカテゴリーに加え新設されたのが、導入のハードルを下げた4つ目の「ZEB Oriented(ゼブオリエンテッド)」。日本政府は「まずはZEB Orientedへの挑戦を」と呼びかけている。ZEB ReadyとZEB Orientedについては、エネルギー使用量の削減によりZEBランクを達成することができる
ZEBを実現するには、①パッシブ技術によってエネルギーの需要を減らし、②アクティブ技術によってエネルギーを無駄なく使用し、③そのエネルギーを創エネ技術によって賄うという3ステップで検討することが重要とされている
もう1つ知っておきたいこととして、建物の省エネ性能を表示する認証制度に「BELS(Building-Housing Energy-efficiency Labeling System)」があります。ZEB認証を取得するには、BELSの最高ランク5つ星(創エネ設備無しの場合)を獲得し、さらに省エネ性を高めた上で(BEI=0.50)、太陽光発電設備等を設置してエネルギー収支をゼロに近づける必要があります。太陽光だけで100%を達成しても、それはZEBとは認められないということになりますね。
編集部:ここにきてなぜZEBが普及してきたのでしょう。
中村: 一般的に省エネ設備をお客様に勧める場合には、空調や照明設備などの省エネ設備より余計にかかるイニシャルコストと削減できるランニングコストによる回収年数を比べてこれくらいなら有効ですよという提案になります。これまで省エネ設計をやってきた私の肌感では、省エネ率20%〜30%くらいまでは比較的安価で標準的な省エネ設備の導入までで済み、5年から10年で設備投資が回収できる見込みが立つため、企業も導入しやすいのです。しかし、省エネ率をさらに30%、40%と上げていこうとすると、比較的高価な省エネ設備まで導入する必要があり、回収年数が20年超と長期になり非常にお金がかかるため、そこまでの省エネはなかなか進まないのが実情でした。
一方で、国内におけるカーボンニュートラルや地球温暖化対策への取り組みは年々活性化しており、建築物の省エネ化はもはや必要不可欠という認識が広まってきました。政府は「今後予定する新築事業については原則ZEB Oriented相当以上としつつ、 2030年度までに、新築建築物の平均でZEB Ready相当となることを目指す」としています。国が補助金を出してでも実現するという動きになっているわけです。
2020年くらいまでは、設計提案にZEBを盛り込んでもお客様からは「なにそれ?」という反応だったのですが、ここ2、3年でお客様の方から「ZEB化を提案してほしい」と依頼されるケースが増えてきました。環境問題に積極的に取り組む企業に対する評価は年々高まってきており、ZEBは企業価値の向上にも寄与します。今がちょうど節目のような気がしています。
編集部:費用面がネックになりかねないということで、補助金を申請するためにはどのような条件が必要ですか。
中村:ZEBに関しては専門知識が求められることから、ZEB化実現に向けた相談窓口を有し、設計支援等を行い、その活動実績を公表するもののみが登録できる「ZEBプランナー」登録制度というものがあり、これに登録されたもののみが設計に関わることができます。当社はすでにZEBプランナー登録をしておりますので、補助金を含めたお客様のZEB化をサポートできる体制にあります。
※補助金の詳細や、ZEBプランナーの登録企業、実績については、一般社団法人環境共創イニシアチブで調べることができる
編集部:ここからは実際のZEB化事例として、今春竣工した鉄骨造地上4階建ての物流施設の事例をご紹介します。本件で設備の設計を担当した望月要佑さんに伺います。まずは、受注の背景についてお聞かせください。
望月要佑(以下望月):本件は海辺の港湾地域に建つ、4階建て鉄骨造、延べ床面積約2万m2という規模の物流施設です。もともとお客様がZEB取得に積極的な企業だったという背景があり、本件も引き合いがあった時点でZEB取得が条件でした。とはいえ、費用がかかる事業ですので、予算を含めて交渉をしながら進めていきました。
編集部:受注できたポイントはどこにあると思いますか。基本計画の段階からさまざまな苦労があったと聞いています。
望月:いかに実現性の高い提案ができるか、という点が大きなポイントだったと思います。一般的な物流施設の場合、事務所比率は3〜5%前後であるところを、本件では事務所比率が10%を超えていました。通常の物流施設であれば、太陽光技術をうまく活用すればZEBの評価基準をクリアできる目処が立つのですが、本件ではその方法が全く通用しません。事務所エリアが大きい場合、そもそも消費電力を使う部分が大きいということなので、計画段階から条件が非常に厳しいという状況でした。
編集部:どのようにしてその難題をクリアしていったのですか。
望月:さまざまな省エネ設備を比較検討し、どうしたら低コストでかつお客様にとって実用的な組み合わせとなるのかを常に頭の中に入れながら、バランスを考慮した設計を心がけました。高価な設備を採用すれば達成できる可能性は上がるのですが、それでは予算内には収まりません。正解をひたすら探しパズルを解くような作業でした。省エネ計算を何十回も重ねたことが、一番苦労したことですね。
最終的には、照明の在室検知制御や明るさ制御、超高効率空調機、デシカント空調システムを導入、外皮高断熱化などを組み合わせることでZEBの基準を達成することができたのですが、最後の最後まで意匠設計者との密な連絡が欠かせませんでした。
編集部:意匠設計者などほかの設計者と協力しながら進める上ではどのような苦労がありましたか?
望月:省エネ設備として窓ガラス、照明、空調機器・換気設備等を入れていますので、事務所の間取りや窓の面積などが少しでも変わると、省エネ計算が変わってしまうんですね。例えば当初計画では事務所部分が200㎡だったところ、お客様の要望で210㎡になりそうだとなると、それだけで導入機器の再検討が必要になるわけです。
計算自体はプログラムを使えば一瞬なのですが、わずかな変更も認証取得に響いてくるので、コミュニケーションをいつも以上に密にして進めていきました。「これなら行けそう?」「いやだめでした」というやりとりを、何度も繰り返しましたね。
今回は、事務所エリアにLow-eガラス、外壁に断熱材を入れ、さらに高効率な空調機を採用していますが、窓位置の変更やそもそもの導入設備を削減するなど考えられるパターンは無限にあるわけです。そのような中でZEBを取得できたのは、設備設計者だけでなく意匠など他の設計者やプロジェクト関係者全員で知恵を出し合い調整したためZEB取得を実現できたのだと思います。おかげで設備機器のバリーションにはかなり精通しましたが、なかなか大変でした。設備設計者として大きく成長できたと思います。
編集部:お客様の評価はどうでしたか。
望月:まずZEB取得を達成できたことに「ありがとうございます」と言葉をかけていただきました。性能面では、竣工のタイミングで現地を見ていただいた際、改めて設備について説明したところ、お客様が非常に驚かれ「頭ではわかっていたけど、やっぱりすごいね」というご感想をいただきました。
編集部:お客様のニーズを満たす提案ができたという正に当社が目指す提案力・ソリューション力を発揮できた案件でした。
望月:ありがとうございます。厳しい条件の中、受注後に最終的な金額の調整が必要でしたが、それに合意いただけたということも大きかったです。この設備を入れたらコストはこれくらい上がりますが、このようなメリットがありますと、しっかりと説明し、お客様の合意を得ながら進めていくことができました。そうしたプロセス面も含めて、本件を達成できたことが、高評価をいただいた大きな要因のひとつではないかと思っています。
編集部:物流施設の建設では、もうZEB化は当たり前の条件になってきていますか。
望月:必ずしもそうではありませんが、企業としてカーボンニュートラルを進めている場合には、新築する物流施設のZEB化はマストになっていくのではないでしょうか。または、将来的に太陽光設備を実装した場合にZEB取得可能な建物にしておきたいというご要望や問い合わせはかなり多いです。
まずは予算ありきではあるのですが。ZEB化を実現するためのアイテムは照明、空調機器だけでも何百種類とありますし、空調を必要としないような空間設計技術もあります。さらに、地中を熱源とするヒートポンプを用いて冷暖房を行う「地中熱ヒートポンプシステム」や温度と湿度を分離制御して空調効率を向上させる「個別分散型デシカント空調システム」といった省エネ技術も取り入れながら、いかにお客様が目指す用途や建物にヒットするような提案ができるかが、肝になっていくように思います。
お客様の多様なニーズや想いを叶えられるように、物流施設や産業建築分野のZEBの専門家として、提案力とソリューション力をさらに高めていきたいですね。
編集部:最後に再び中村さんに伺います。お客様のZEB化ニーズに応えるため、当社が独自に取り組んでいることについて教えてください。
中村:これまでいくつかのZEB案件を進めてきたわけですが、建物をZEB化するためには、建築設計図を基に基本計画段階から省エネ性能を確認しておくことが必要となります。そこで、当社が強みとする大型物流施設において、設計プロセスの効率化やZEB化設計標準化を図り、短期間で基本計画をオールZEB化できる仕組みを整えてきました。現在では通常1ヵ月かかっていた基本計画を1週間程度で完了できるところまでスピードアップしてきています。ただし、まだ計算精度が不十分であるため、現在、システムの精度をより高めていく改良を加えています。
編集部:基本計画の標準化・効率化を進め、より導入しやすくなっているのですね。ほかに当社としてどのような提案が可能でしょうか。
中村:当社独自の「地中熱ヒートポンプシステム」や「個別分散型デシカント空調システム」は建物のZEB化に大きく貢献します。例えば、事務所部分においてZEB化に適した窓面積を抑えるなどの建築外皮性能を高める設計をすれば、ZEB化するのにこれらのシステムは必ずしも必要ありません。しかしながら、顧客が意匠性や開放感を重視し、高い外皮性能が得られない場合はどうしてもエネルギー消費量が多くなります。こう言った厳しい条件下でも、前記のような当社独自の省エネ技術を活用することで最高ランクのZEB認証を取得した実績もありますので、まずはご相談いただきたいですね。
編集部:ありがとうございました。
当社のZEBプランナー登録票
https://sii.or.jp/file/zeb_planner/ZEB29P-00062-PG.pdf
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